10月4日、金曜日の夜ならではの賑わいをみせる繁華街のど真ん中に、独特な盛り上がりをみせている場所があった。そこは東京・新宿ピカデリー。この日、DIR EN GREYのライヴ・フィルム『残響の血脈 ~mode of UROBOROS~』が公開となり、午後7時からの上映終了後、同バンドのメンバー全員とこの作品を手掛けた濱﨑幸一郎監督が勢揃いしての舞台挨拶の場が設けられたのだ。場内は当然のように満員の盛況。とはいえライヴの際のような歓声が渦巻くわけではない。来場者たちからの温かな拍手で迎えられた5人のメンバーたちと監督は、司会者からの質問に淡々と答え、作品の鑑賞を終えたばかりの来場者たちは、こうした機会でしか味わうことのできないギャップを楽しむことになった。
今回の上映作品は、去る9月20日から公開されていた『残響の血脈 ~mode of Withering to death.~』に続く、二部作の後編ともいうべきもの。今年で結成から27年、メジャー・デビューから数えて25周年を迎えている彼らは、去る3月に『EUROPE TOUR24 FROM DEPRESSION TO ________ [mode of Withering to death.&UROBOROS]』と銘打たれた欧州ツアーを実施している。これはツアー・タイトルにも掲げられている『Withering to death.』(2005年)、『UROBOROS』(2008年)という2作品をテーマに据えた演奏内容の公演を交互に繰り返していく形式によるもの。こうした過去作品を軸とするツアーは日本国内においてはこれまでにもシリーズ的に展開されてきたが、国外での実施はこれが初となり、広く注目を集めていた。そして改めて説明するまでもなく、このライヴ・フィルム二部作は、その二夜公演の模様を個別に追ったもの。撮影地は同ツアーでの最終公演地にあたるドイツのベルリンが選ばれている。世界的な認知度の高さを誇るDIR EN GREYにとってベルリンは、2005年5月に自己初となる欧州での単独公演が実施された所縁深い土地でもある。
舞台挨拶の場での濱﨑監督の発言によれば、当初はこうした二部作ではなく1本の作品としてまとめることが想定されていたが、二夜の演奏内容が明確に色分けされているだけに「セットリストの流れを崩したくない」という強い想いもあり、こうした形式をとることになったのだという。また、監督は「大きなスクリーンと劇場ならではの音響によって、実際のライヴとは異なった、より近い距離感でメンバーの生々しい姿に触れられるのではないか」とも語り、この前夜には『残響の血脈 ~mode of Withering to death.~』を上映中のこの劇場に観客のひとりとして訪れ、来場者たちの表情や反応を見守っていたことを認めていた。この発言に対してはメンバーの薫から「客席にいたら他のお客さんの表情は見られないのでは?」という容赦のないツッコミが入って監督が一瞬たじろぐ場面もみられ、客席からは笑い声がこぼれていた。
そうした和やかな場面は、他にもいくつかあった。9月22日に同劇場で『残響の血脈 ~mode of Withering to death.~』公開に伴う舞台挨拶が行なわれた際には、フロントマンである京のあまりにも自由な振る舞いが話題を呼ぶことになったが、今回も彼は最初の自己紹介を終えたところで床に座り込み、前回開催時のフォト・セッションの際に彼自身の立ち位置の前に宣伝用ボードが置かれ、自らの姿が隠れたことや、前回は楽屋に用意されていた“みたらし団子”が今回はなかったことについても不満を口にしたりしていた。その団子がなかったために今回の来場者は「壇上で団子を食する京」というレアな光景を目撃することが叶わなかったわけだが、こうした先の読めない展開もある意味、このバンドならでは。来場者もおそらく、ありがちな型通りのトーク以上に、こうしたギャップを伴うリアルさを求めていたのではないだろうか。
今後、メンバーたちは前回作の公開時と同様、ツアーさながらに全国6都市の劇場にて舞台挨拶を行なうことが決まっている。どの会場にどのメンバーが赴くかについては一切明かされていない。前回の“舞台挨拶ツアー”を振り返りながら、Shinyaは「(舞台挨拶の)20分間のためだけに地方に行くのは新鮮だった」と語っていたが、当然ながら来場者たちの側も同様に新鮮さを味わっていたはずだ。また、劇場によっては導線上の理由から映写室を通って舞台に向かうことになるケースもあるようで、実際にそうした状況に遭遇した薫は「あの時にはテンションが上がった」と語り、濱﨑監督が羨ましそうな表情をみせる場面もあった。
メンバーたちの生々しい言葉や表情は、今回の上映作品にもふんだんに盛り込まれている。ライヴの魅力が余すところなく詰め込まれているのみならず、各メンバーのインタビューも重要な見どころのひとつになっているのだ。ことに今回作の場合は話の内容が死生観にまで及び、ちょうど現地での公演当日にひとつ歳を重ねたToshiyaの誕生日を祝うシーンなどにも不思議なリンクが感じられる。鬼気迫るライヴ・パフォーマンスとそうした要素とのコントラスト、背中合わせのリアリティとでもいったものを味わえるのも、この作品の特色のひとつといえるだろう。
とはいえDIR EN GREYとしてのリアリティは、やはりステージの上にある。舞台を去る間際には、この日から「来週に向けてのリハーサルが始まった」ことがDieの口から明かされたが、この10月11日、12日の両日にはPIERROTとの激突による『ANDROGYNOS -THE FINAL WAR-』と銘打たれた国立代々木競技場第一体育館での二夜公演が控えている。そして11月から12月にかけては『TOUR24 WHO IS THIS HELL FOR?』と題された新たなツアーも待ち受けている。そこで提示されるはずの新たな現実と向き合う前に、この濃密なライヴ・フィルムに触れておきたいところだ。壇上でも話題に出ていたこの作品の「声出し上映会」が、ごく近い将来に実現することも願いながら。